四月のある朝、五十代の女性が、布に包まれた懐中時計を持って工房を訪ねてこられた。
「祖父の形見なんです。三十年前に止まったまま、ずっと引き出しにありました。動かなくてもいいから、もう一度きれいにして、孫に渡したい」

布を開くと、1948年製の Seikosha 製懐中時計があった。文字盤は黄ばみ、リューズは固着、ガラスは細かなヒビ。だが、ケースの裏には祖父の名前と、戦後に贈られた日付が彫られていた。

I. Diagnosis — 診断

顕微鏡下で見ると、ムーブメントは想像以上に状態が良かった。三十年止まっていたが、それは部品の摩耗ではなく、油の固化と、テンプ周辺の塵の蓄積によるものだった。テンプ・ヒゲゼンマイは生きている。香箱のゼンマイには疲労があったが、交換可能な範囲。文字盤の汚れは、当時の塗料の経年変化によるもので、再塗装ではなく、慎重なクリーニングで対応できると判断した。

II. Dismantle — 分解

七十八点の微細パーツを、順序通りに記録写真とともに保管。Seikosha の戦後すぐのキャリバーは、ねじの規格が現代と微妙に異なる。当家の地下倉庫で、当時の規格のNOSねじを探し当てた。これがなければ、修復は完成しなかった。

III. Cleaning — 洗浄

専用洗浄機で超音波洗浄。三十年分の塵と固化した油が、銀色のパーツから剥がれ落ちていく。テンプは特に慎重に。ヒゲゼンマイを変形させると、すべてが台無しになる。

IV. Replacement — 部品交換

交換したのは、メインゼンマイ、輪列の一部、リューズパッキン、ガラス。ガラスは当時の凸ガラスではなく、現代の硬質ミネラルガラスを使った。依頼主の同意を得たうえで、実用性を優先した判断である。

V. Assembly & Regulation — 組立と調整

八十時間かけて組み上げた。テンプを再びはめ込み、ヒゲゼンマイがちょうどよい位置に来た瞬間、針が動き出した。三十年ぶりの始動。
タイムグラファーで姿勢差を測定。日差はマイナス6秒からプラス4秒の範囲に収まった。1948年製としては、出荷時に近い精度である。

VI. Delivery — 納品

九十六日後、依頼主が工房に来られた。修復記録書とともに、布に包まれた時計をお渡しした。彼女は時計を耳に当て、しばらく動かなかった。
「祖父の音がする」と、彼女は言った。「三十年経って、また聞こえます」

機械式時計は、修理ではなく「読解」する道具である。何が起き、何が傷み、何が残されているか。三十年の沈黙の中に、祖父の人生があり、依頼主の物語があった。私たちは、それを読み解いただけである。

Réf. DISPATCH-001-2026 · 三代目 山田 サンプル
Restoration completed: 2026.04.22 / Duration: 96 days

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